この『プロレゴーメナ』は、哲学を初めて学ぶ人のために書かれたものではありません。
むしろ、これから哲学を教えたり、形而上学という学問を築こうとしたりする人のために書かれたものです。
ただし、そのような人であっても、この本を読めば、すでに完成された「形而上学」という学問を、体系的に説明できるようになると期待してはいけません。
この本の目的は、完成した学問を教えることではなく、
そもそも形而上学という学問が、本当に成り立つのか。
もし成り立つとすれば、どのようにして可能になるのか。
そのことを発見するための手がかりを与えることにあります。
深掘り解説
いきなりカントらしいことを言っています。
この一節をかなり簡単にすると、
「これは形而上学の教科書ではない。形而上学という学問そのものを、どうやって成立させればいいのかを考える本だ」
という宣言です。
ここを理解しておくと、『プロレゴーメナ』全体がかなり読みやすくなります。
「生徒のためではなく、未来の教師のため」とは?
カントは、
この本を読めば、形而上学についていろいろな知識を覚えられますよ
とは言っていません。
むしろ対象としているのは、
「そもそも形而上学を、ちゃんとした学問として成立させるにはどうすればいいのか?」
と考える人たちです。
だから「教師」といっても、単純に学校の先生という意味だけではありません。
「これから形而上学という学問を研究し、整理し、人に教えられる形にしようとする人」
くらいに考えるとわかりやすいです。
カントは「形而上学はすでに完成している」と考えていない
ここが重要です。
数学には、すでに一定の体系があります。
たとえば、
- 三角形とは何か
- 足し算とは何か
- 幾何学にはどんな定理があるか
ということを、ある程度体系立てて教えることができます。
自然科学についても同じです。
ところがカントの時代の形而上学は、そうではありませんでした。
「神は存在するのか」
「魂は不滅なのか」
「世界には始まりがあるのか」
「人間には自由意志があるのか」
といった重大な問題について、哲学者たちは何百年も議論しているのに、決着がつかない。
ある哲学者が「こうだ」と証明すると、別の哲学者が「いや、逆だ」と同じくらいもっともらしく論証する。
そこでカントは疑問を持ちます。
「そもそも形而上学って、本当に“学問”になっているのか?」
ということです。
「ready-made science」がポイント
原文には、
a ready-made science
とあります。
直訳すると「すでに出来上がった学問」です。
カントは、
形而上学は、まだ出来上がっていない
と考えています。
だから『プロレゴーメナ』では、形而上学の内容を教える前に、
「形而上学という学問が成立するためには、何が必要なのか」
を調べようとします。
これは少し変わった本です。
普通の数学の教科書なら、
「数学という学問はそもそも可能なのか?」
なんてところから始めません。
数学はすでに成立しているからです。
でもカントは形而上学については、
まず学問として成立可能かどうか自体を検査しなければならない
と考えます。
だからタイトルが「プロレゴーメナ」
「Prolegomena(プロレゴーメナ)」という言葉は、
本論に入る前の予備的な説明・序説
くらいの意味です。
つまりこの本は、
「これが私の完成した形而上学です」
という本ではありません。
むしろ、
「将来、まともな形而上学を作りたいなら、まずこの問題を片づけなさい」
という本です。
実際、正式なタイトルは、
『将来、学問として現れうるあらゆる形而上学のためのプロレゴーメナ』
です。
タイトルそのものが、
「未来の形而上学を作るための準備」
という意味になっています。
カントがやろうとしていること
この一節の背後には、カントのかなり大胆な発想があります。
普通なら、
「世界とは何か?」
「神とは何か?」
「魂とは何か?」
を直接考えます。
しかしカントは、その前に、
「そもそも人間の理性には、そういうことを知る能力があるのか?」
と問い始めます。
つまり、
世界を調べる前に、世界を調べている“人間の認識能力”を調べる。
これがカント哲学の大きな転換です。
たとえば望遠鏡で宇宙を見るとします。
普通なら、
「宇宙には何があるんだろう?」
と考えます。
カントはその前に、
「ちょっと待て。この望遠鏡は、そもそも何を見ることができて、何を見ることができないんだ?」
と調べようとする。
ここでいう望遠鏡が、人間の理性・認識能力です。
この一節の核心
カントは最初から、
「私は形而上学の答えを教えます」
とは言っていません。
むしろ、
「形而上学が学問として可能なのか、その条件そのものを調べます」
と言っています。
なので『プロレゴーメナ』を読むときは、
「カントは世界について何を主張しているんだろう?」
だけを見るより、
「人間は何を、どこまで知ることができるのか?」
という問いを常に頭に置いておくと、かなり理解しやすくなります。
この冒頭は短いですが、すでに『プロレゴーメナ』全体の方向性をほぼ宣言している一節です。